2011/10/12

天理教と雅楽 其の四

天理教の一派独立運動は、天理教の雅楽に一大転換期をもたらした。それは、政府から、「みかぐらうた」を廃止するように圧力がかけられ、苦慮した初代真柱は、大和舞「神の御国」を取り入れることとしたからである。

この「神の御国」は、21代集の中から初代真柱が15首選定し、これを宮内省に楽と舞の譜の製作を依頼してできたものである。大和舞は、四人の舞人が歌と笏拍子、和箏、笛、篳篥の伴奏にあわせて舞うものであった。

明治39年1月末から2月初めには、教会本部より梶本宗太郎、桝井安松、増井丑松、桝井政治郎、上田樽治郎、松田元治郎、喜多秀太郎らが、時の宮内省楽部楽長である芝葛鎮をはじめとする宮内省の令人に「神の御国」の指導を受け、同年2月18日に執行した教祖20年祭には、初めて大和舞を奉仕した。

0 件のコメント:

コメントを投稿