2011/09/25

天理教と雅楽 其の三

天理教では、明治時代の宗教政策により、天理教が制度上神道(教派神道)の枠内に組み込まれたことで雅楽に関係を持つようになる。神道形式の祭儀を行うようになるとともに、その儀礼の音楽である雅楽も用いられるようになったと考えられる。(しかし何かの本に「がくにん」ということばも出て来ていたような…)

天理教の儀礼の中に雅楽が初めて取り入れられたのは明治20年(1887)2月23日(陰暦2月1日)の教祖・中山みきの葬儀のときらしいが、実際、奏楽されたかは明らかでない。翌明治21年の教祖一年祭のときには、春日の伶人竹内昭方他6名の人が奏楽している。その後、天理教教会本部仮開筳式(明治21年4月)、天理教教会本部開筳式(明治21年11月)、教祖5年祭(明治24年1月)、教祖墓地改葬(明治25年5月)、教祖10年祭と式典が行われ奏楽されている。

しかしこれまでの奏楽の演奏者は、春日や神道本局といった、天理教外の人々であるが、時期は不明だが、天元組や郡山系統などの雅楽の心得のある人々が演奏しているようである。

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