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比叡山メッセージ2012(付・宗教界の脱原発声明等概観)

比叡山の宗教サミットの共同メッセ―ジを島薗進先生のブログで見つけましたので、記載させて頂きます。 これから宗教(者・教団などなど) (25周年を迎えた「比叡山宗教サミット」の参加者による共同メッセージをそのまま転写します。また、その後に、諸宗教集団・宗教者による脱原発の声明や意見表明を概観した文章を添えてあります。) 2012年8月3,4日、比叡山宗教サミット25周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」に参加するため比叡山山上に結集したわれわれは、平和を願う世界のすべての人々に心からメッセージを送りたいと思う。 人類は有史以来、大自然の豊かな恩恵によって生命を維持し、さらにより利便性に富み快適な生活環境を手に入れるため、様々な工夫をこらしてきた。そのこと は、やがて科学技術の飛躍的発展をもたらし、物質中心の近代文明が人々の生活を覆い尽くすこととなった。その結果、自然の恵みを享受するという姿勢から、 自然を利用し、また改造して、より一層人間の生活を豊かにしたいという、飽くなき欲望を充足させる道をひたすら求め続けることになった。 そのようなとき、世界各地で自然災害が頻発、その甚大な被害の前に人々は為すすべもなく、呆然と立ち尽くす外なかったのが実状であろう。すなわち、科学技 術が生んだ知見によって自然災害を防ぎ得るどころか、かつて日本の物理学者、寺田寅彦(1878-1935)が指摘したように、文明が進むほど自然の猛威 による被害はその激烈さの度を増すという、冷厳なる事実を突きつけられたからである。その結果、ややもすれば自然を収奪し、思うままに利用しようとしてき たことが、いかに傲慢なことであるかに気付かされたといっても過言ではない。 特に昨年3月11日の東日本を襲った大震災と大津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の放射能漏洩事故は、チェルノブイリやスリーマイル島の原 発事故について謙虚に学ぶ姿勢が余りにも乏しく、科学技術のもたらす安全性を過信した結果である。われわれは、技術の進歩の成果を無条件に受け入れるので はなく、その選択に深い倫理性が求められていることを知るべきである。 古代ギリシャ神話が物語るように、人類に火を与えたプロメテウスに、ゼウスは生きながら内蔵を鷲に喰らわせるという罰を与えた、という。それは、すでに文明が人類に幸せをもたらすばかりでは

通過儀礼

今回も天理教とは関係ありませんが、是非紹介したいと思い、掲載しました。 フランスの民俗学者のファン・ヘネップの『通過儀礼』が岩波の文庫として発売になった??のかはわかりませんが、文庫ということで安価で手に入るようになりました。 この本は民俗学、人類学、宗教学などなど人文系学問に大きな影響を与えた文献と言えると思います。儀礼を初めて体系的に論じ、誕生から死までの折々の儀礼、入会の儀礼などを、分離・過渡・統合の過程をたどる通過儀礼の視点で捉えた。特に過渡期という境界状況の考察は、コミュニタス理論など後の人類学の理論的展開の基盤となった。 最近では、評論家の島田裕巳先生がAKBの誰かの記事を書いたことが話題になったときにおそらく議論の中心の概念となったテキストだと思います。 私は早速購入しました…

天理高校野球部

今日甲子園を見ると天理高校が出てました。 そして勝利。 今年はあまり評価が高くないようですが、ベスト8まで来ました。 詳しいことはよくわからないのですが、とりあえず勝ってるなら良いと思います。 次はいつかもしれません。