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「コーラン焼却」の少女

パキスタンでキリスト教徒の少女がイスラム教の聖典「コーラン」を焼却したとして告発された事件で、首都イスラマバードの裁判所は20日、訴えを棄却する決定を下した。 少女は首都イスラマバード郊外に住んでいたリムシャさん。調理の燃料にするためコーランを焼いたとして、イスラム教冒とくの罪に問われていた。 裁判所は、罪状が法的根拠を欠くとの結論に達した。リムシャさんを担当する弁護士の1人は「リムシャさんは一般の市民と同様、自由の身になった」と述べた。 リムシャさんと家族は告発されたことで数週間にわたって危険にさらされ、自宅を離れて身を隠していた。 確かにイスラム圏はクルアーンが法の大原則ということもあるでしょうから、告発されることもあるでしょうけど。

比叡山メッセージ2012(付・宗教界の脱原発声明等概観)

比叡山の宗教サミットの共同メッセ―ジを島薗進先生のブログで見つけましたので、記載させて頂きます。 これから宗教(者・教団などなど) (25周年を迎えた「比叡山宗教サミット」の参加者による共同メッセージをそのまま転写します。また、その後に、諸宗教集団・宗教者による脱原発の声明や意見表明を概観した文章を添えてあります。) 2012年8月3,4日、比叡山宗教サミット25周年記念「世界宗教者平和の祈りの集い」に参加するため比叡山山上に結集したわれわれは、平和を願う世界のすべての人々に心からメッセージを送りたいと思う。 人類は有史以来、大自然の豊かな恩恵によって生命を維持し、さらにより利便性に富み快適な生活環境を手に入れるため、様々な工夫をこらしてきた。そのこと は、やがて科学技術の飛躍的発展をもたらし、物質中心の近代文明が人々の生活を覆い尽くすこととなった。その結果、自然の恵みを享受するという姿勢から、 自然を利用し、また改造して、より一層人間の生活を豊かにしたいという、飽くなき欲望を充足させる道をひたすら求め続けることになった。 そのようなとき、世界各地で自然災害が頻発、その甚大な被害の前に人々は為すすべもなく、呆然と立ち尽くす外なかったのが実状であろう。すなわち、科学技 術が生んだ知見によって自然災害を防ぎ得るどころか、かつて日本の物理学者、寺田寅彦(1878-1935)が指摘したように、文明が進むほど自然の猛威 による被害はその激烈さの度を増すという、冷厳なる事実を突きつけられたからである。その結果、ややもすれば自然を収奪し、思うままに利用しようとしてき たことが、いかに傲慢なことであるかに気付かされたといっても過言ではない。 特に昨年3月11日の東日本を襲った大震災と大津波によって引き起こされた福島第一原子力発電所の放射能漏洩事故は、チェルノブイリやスリーマイル島の原 発事故について謙虚に学ぶ姿勢が余りにも乏しく、科学技術のもたらす安全性を過信した結果である。われわれは、技術の進歩の成果を無条件に受け入れるので はなく、その選択に深い倫理性が求められていることを知るべきである。 古代ギリシャ神話が物語るように、人類に火を与えたプロメテウスに、ゼウスは生きながら内蔵を鷲に喰らわせるという罰を与えた、という。それは、すでに文明が人類に幸せをもたらすばかりでは...

通過儀礼

今回も天理教とは関係ありませんが、是非紹介したいと思い、掲載しました。 フランスの民俗学者のファン・ヘネップの『通過儀礼』が岩波の文庫として発売になった??のかはわかりませんが、文庫ということで安価で手に入るようになりました。 この本は民俗学、人類学、宗教学などなど人文系学問に大きな影響を与えた文献と言えると思います。儀礼を初めて体系的に論じ、誕生から死までの折々の儀礼、入会の儀礼などを、分離・過渡・統合の過程をたどる通過儀礼の視点で捉えた。特に過渡期という境界状況の考察は、コミュニタス理論など後の人類学の理論的展開の基盤となった。 最近では、評論家の島田裕巳先生がAKBの誰かの記事を書いたことが話題になったときにおそらく議論の中心の概念となったテキストだと思います。 私は早速購入しました…

天理高校野球部

今日甲子園を見ると天理高校が出てました。 そして勝利。 今年はあまり評価が高くないようですが、ベスト8まで来ました。 詳しいことはよくわからないのですが、とりあえず勝ってるなら良いと思います。 次はいつかもしれません。

セミナー宗教学講義

柳川啓一編「セミナー宗教学講義」 放送大学用のテキストになるのかなぁ?? 新宗教には限りませんが、おもしろいです。 偶然入った古本屋でみつけた本です。比較的古い本なんですけど、今宗教学関連でやっている先生方が若い時に講義をした内容がわかる本です。 柳川先生が編者ということもあってか東大系の先生方の名前がたくさんあります。 呼んでいて講義というか話し言葉で書かれているので、読みやすいですし、いろいろなヒントを得ることができると思います。 ご関心のあるかたはどうぞ。

世界がわかる宗教社会学入門

世界がわかる宗教社会学です。 こちらの本はなんというか読みやすくて、わかりやすい。という本です。橋爪氏の執筆で、宗教社会学の視点から世界三大宗教から、儒教、道教、神道などを日本人に馴染みのある宗教を紹介しています。この本を大学の講義のテキストにしている先生も結構いるようですし、なかなかの著書だと私は勝手に思ってます。

島田裕巳氏の記事

今回もちょっと興味深い記事を見つけましたので、記載します。 こういう裁判や記事を見ると宗教は難しいとつくづく思う。 後半にも島田氏は書かれていますが、布施、お供え、募金などといった金銭はこれから違法と合法という境界の線引きが難しくなってくるでしょう。 http://agora-web.jp/archives/1448627.html これはまだ大きく報道されているわけではないが、4月13日に名古屋地裁で興味深い判決が出た。 この裁判は、名古屋市の主婦(51歳)が、熊本市の宗教法人「肥後修験遍照院」と、その主宰者である下ヨシ子氏などを相手に約950万円の損害賠償を求め たものである。名古屋地裁は、宗教法人の側に主婦が儀式のために支払った金と慰謝料を含め、約610万円を支払うよう命じた。請求額を下回ったのは、最初 の相談料などが差し引かれた結果で、宗教法人の側の完全な敗訴である。 これを報じた『読売新聞』(2012年4月13 日付)の記事では、主婦は、体調不良や子どもの病気といった悩み事を抱えていたとされる。そんなところ、2002年8月にテレビ番組で肥後修験遍照院のこ とを知り、京都府宇治市にある同院の別院を訪れた。主婦は、その別院から「浄霊で魂を清めれば、災いから守られる」と言われたため、それから2008年 11月までのおよそ6年間、「浄霊」などの儀式代として総計約530万円を支払った。 肥後修験遍照院の側は、女性は自発的に自分たちのもとを訪れたのであって、違法性はなかったと主張した。しかし地裁は、肥後修験遍照院の側は、儀式の後も 「霊に取りつかれている」などとくり返し説明し、「不安に陥れたり畏怖させたりする行為は違法と認められる」と判断したのだった。 紀藤正樹弁護士のホームページには、肥後修験遍照院の集金システムが詳しく紹介されているが、それによれば、額は時期によって異なるものの、主婦の場合、最初の相談料として3万円を支払ったのからはじまって、浄霊が3万円、守護霊を入れる儀式が20万円と進んでいった。 しかも、守護霊に対しては月1度パワーアップする必要があるとされ、それが1回1万円。守護霊の上に守護神があって、これは主宰者の下だけが入れることが できるもので120万円。これもパワーアップがあって1回3万円。そして、支配神が100万円であ...